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広報部コラム『夜公演が減る演劇の未来』篠﨑光正
芝居がはねて(舞台が終わって)から、友達と一緒に酒場に寄って、人生論を語り合うのが楽しみの一つだった時代があった。
今は夜公演(ソワレ)の少ない公演が多くなり、終演後はまだ明るい街中で酒場には寄らずに帰る。
大劇場では昼夜2公演は当たり前だが、今は中小劇場では昼公演が増えて夜公演が減っていく傾向にある。
きっかけはあのコロナかもしれないが、なぜか気になる。
演劇はどこへ向かうのか。
英国だと芝居のあとはパブが大賑わいで、しかも日本人でも快く話の輪に入れてくれる。
ブロードウェイでは、終演時刻が遅いため急に治安が悪くなるので店を選ぶ余裕などなく、予約した店に友人とタクシーで直行し語り合うのが当たり前。若い頃はブロードウェイの8番街より先の治安が悪い劇場に観に行ったときは、終演後、黒人の年配女性で、しかも体格の良い人の後ろにピタリとついて歩けと先輩に言われ、暗い夜道を痴漢に間違われないようにと祈りながら歩いて帰った後でも、ホテルのバーで人生を論じ合ったことを思い出す。

もちろん日本でも同様。舞台で上演される劇を観て、観客それぞれの感情を発散させるのが、事実上の1幕で、終演して酒場などでそれぞれの感想を語り合い、自分の受け止め方以外の感想を理解する楽しみが2幕だと思っていた。
芝居は観終わった後、消化する時間が必要になるのが人生を扱う芝居の特質。
ところが夜公演が減ると消化する時間も減り、観劇の面白さも半減してしまう。もちろんSNSで劇評が飛び交いもするが、そこには語り合って相手の人生観の微妙な違いを知る楽しみはない。
「幕切れの主役の長台詞が心に沁みたなあ」「そんな感傷的なことより明日だよ、あの家族が明日の朝どうなるかが気になって寝られないよ、今夜は」。
こんな会話からはじまり、誰も考えもしなかった結末が創り出される、あの芝居の第2幕の楽しみはもうなくなるのだろうか。
演劇の夜公演にお客様が集まらないという現象は、残念ながら元には戻らないのが世の常。
社会は限りなく変化を続け、酒場に寄らない、2幕がない演劇が主流になるのだろう。
ここでこのコラムの読者は、「幕が下りたら芝居は終わりなのだ」と思われているだろうが、ブレヒトの「三文オペラ」を観終わったあと、舞台の世界ではなく現実の世界問題で盛り上がったことはありませんか。



