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『地域で活躍する演出家シリーズ』館 宗武
【プロフィール】
館 宗武(たて むねたけ)
桐朋学園大学短期大学部芸術科演劇専攻卒業
函館市内の公共施設を管理運営する公益財団法人函館市文化・スポーツ財団の職員
現在は函館サーモン・まるなまホール(函館市民会館)に勤務
2014年に「演劇ユニット41×46」を旗揚げ
活動10周年を節目に代表を退きメンバーとして所属
2017年から市民演劇体験講座 一陣の風を主宰
脚本・演出・出演など
舞台俳優になりたくて、何もわからないまま18歳の時に函館から桐朋学園大学短期大学部芸術科演劇専攻へ進学・上京した私は、良い仲間や講師に恵まれていたにもかかわらず、中途半端に演劇の道をあきらめた。挫折を感じたわけでも、ツラいことが何かあったわけではない。あきらめたと言うのすら真剣に演劇を学んでいる人に申し訳ないくらいで、稽古の日々よりも、バイトしてギャンブルして女の子と遊ぶような暮らしを選んだだけだ。堕落した生活で借金を山ほどこしらえた挙げ句、とくに誰にも何も告げず、逃げるように函館へ戻ってきた。

桐朋学園大学短期大学部演劇専攻時代
函館へ戻ってからは演劇に一切関わらず、借金返済と生活のためだけに仕事をする暮らしを10年近く続けていた。ところがある時、思ってもみなかった転職の話が舞い込む。公共ホールの職員として働いてみないか、という誘いだった。ちょうど当時働いていた職場の雇用条件が下がるタイミングだったこともあって、思い切って仕事替えをすることにした。
採用になった公共ホールでは市民参加型事業などの担当を任されて、出演者や参加者たちのサポートが主な仕事になった。演劇なんてものに青春時代を費やして、何の資格も、車の免許すら持っていなかったことを恥じていた自分が、まさかまた舞台のそばに立つとは。そして、そんな自分の経験を評価してもらえる日が来るとは。
そう感じた私は、「単なる企画担当者ではなく、少しは舞台のことがわかる自分だからこそできる仕事を。思うようにできない悔しさや寂しさ、情けなさを知っている人間だからこそできる仕事をしよう。いつもみんなのそばにいて、必要なときには背中を
押してあげながら、たくさんの気持ちや時間を共有しよう」と心に決めたのだ。

子ども向けバックステージツアー
それを皮切りに、演劇のみならずダンスや音響照明など、様々なジャンルのワークショップを企画運営した。5年間で30組ほどのアーティストやクリエイター、スタッフを講師として招いて、函館で暮らす人たちが東京まで行かずとも彼らから話が聞ける、学べる機会を設けてきた。
そうやって舞台に関わる仕事をしているうちに、若者の後押しをするだけでなく自分でも演劇を作ってみたくなった。そう、不完全燃焼こじらせオッサンの、悪あがきである…。
2014年に旗揚げしたユニットは、地元で本公演を打ったり、短編作品を背負って遠征に出たり、演劇祭に参加したりと、活動形態を変えながら10年以上続いている。
活動10周年を迎えた2023年に、全幅の信頼を置く若手にユニットの代表を引き継いでもらうことにした。時代の流れが早い昨今、50を超えて代表でいるよりフットワークが良い若者に任せたほうがいいと個人的に思っているからだ。ユニットにはメンバーとして所属しているが、今は個人で市内近郊在住で演劇に興味がある人に向けて演劇体験講座を主宰していたり、ふだん演劇に馴染みのない人たちに向けてその魅力を伝える講演やパフォーマンスをしたり、ありがたいことに学校などで指導にあたる機会をいただいたりしている。

2018年本公演/遊女と新撰組志士の生き様を描いた『澱の檻』

2020年本公演/コミュニケーションが難しい世代を描いた会話劇『雨の随に』


2023年本公演/函館で活動するミュージシャンの楽曲をもとにした短編作品のオムニバス公演『人間の証明~或る男の歌~』
私の活動について「演劇かぶれの公共ホール事務職員が自己満でやっているだけだろう」と言う方もいる。感じ方は人それぞれなので、どう思ってもらっても構わない。「演劇=難しい・恥ずかしい」と思う人がまだたくさんいる地方都市で、少しでもこの誤解を減らすためなら。「なんだ、観てみたら(やってみたら)意外と楽しいやん」と思ってくれる人が増えるためなら。やりたくないと思っていた文化祭の劇の練習が、ちょっとでも楽しくなってくれるなら、なんと思われても別にいい。
そんな活動を地道に続けていたら、15年前には7つほどだった函館市内近郊の演劇活動団体(個人ユニットも含む)が、知らない間に16団体まで増えていた。函館市の人口は年々減少の一途を辿り、23万人を割ろうとしているというのに。
「数が多けりゃいいってわけじゃない、クオリティが大事だろ」と言う方もいる。そんな方はどうか、彼らのクオリティが上がるよう、公演を観に行ってやって、アンケートで意見を書いてやって、応援してやってほしい。
「館さんがいてくれるからいまの函館演劇があるんだと思いますよ」と言ってくださる方も、時にはいらっしゃる。…私も、自分の心の健康のために、そう思うようにしている。



年齢も経験も国籍も問わない演劇体験講座『一陣の風』 座学や基礎から、言葉や身体についても学び、9ヶ月の集大成として修了公演を上演する
私がホール職員になった当初、小学生で市民ミュージカルに出演者として参加していた子どもたちはみんな大きくなって、成人式には振り袖姿を見せに私の職場へ来てくれたりする。結婚しました、子どもが生まれましたと知らせてくれたりもする。中には「どうしてもミュージカルに出たかった小さい頃の私をサポートしてくれた館さんの背中を見て育ったので、アートマネジメントの道を目指してるんです」なんて子もいるので、たびたび号泣させられている。
演劇に限らず、舞台で重ねられる時間は濃密なので、時に人生に大きく影響する。だから私は、作品のクリエイトであっても企画のプロデュースであっても、常にその責任を考えながら取り組むようにしている。
20代前半、東京でいくらでも演劇に没頭できたはずの時代にはただのクズ男だった自分が、40も過ぎてから、専用の劇場もない、美術も衣装もろくに揃わないような環境に暮らす今になって、一銭にもならない「地方演劇」なんてものに取り組むとは。
自分本位で甘ったれなガキだったはずなのに。所持金ゼロになって演劇の本を売って手に入れた数百円を握りしめてなおパチンコを打ちに行ったクズだったのに。麻雀を手積みで丸三日徹マンとかやるようなバカだったのに。
どえらい遠回りをしたが、人生のどん底を経験したから人の痛みだけはわかる。中途半端で東京から逃げ帰った自分のふがいなさや情けなさに何度も打ちのめされ、その度にどうにか持ち直してきた。すべての出来事を乗り越えられたわけではない。どうしても向き合えず、荒れて、腐って、最終的に時間に解決してもらった出来事もある。
でも、そんな自分だからこそ。この街から離れられない、15年は遅れているであろう地方での生活に軸足を置くしかない、そんな自分だからこそ、函館で暮らしているからこそ作れる演劇があるんじゃないかと、いまは思っている。

シアターホッパー2026/41×46の新旧代表共演での福島遠征公演
双方妻に逃げられた父子の晩酌の一幕を描いた『やもお』
「有名になるわけでも売れるわけでもないのに、なぜこんな田舎で演劇なんてやっているんですか。」
たまに聞かれる質問である。最初は私自身も、そういえば何でだろ、なんて思っていた時もあるが、今はノータイムで応じられる。
「え、皆さんは有名になるために、売れるために野球やゴルフや釣りをしていますか?演劇も同じですよ。プロ野球と高校野球の違いみたいなもんです、高校野球のプレーは一流じゃないけど、それぞれの地域にそれぞれの事情や現実があって、でもその時、そのチームでしか立てない場所で、自分たちのプレーをするじゃないですか。だから高校野球にしかないドラマがあるし、面白いし、感動するんですよ。」
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