INTERVIEW
坂東玉三郎特集『人間を忘れた時代に』~坂東玉三郎が語る、演劇と魂~

歌舞伎俳優・坂東玉三郎の言葉は、いつも「答え」ではなく、「問い」として返ってくる。聞き手が安心を求めれば、「定義はない」と返される。未来を尋ねれば、「壊滅的ですね」と微笑む。それでも最後には、必ず一つの場所へ戻ってくる。「人間と会いなさい」今回のインタビューで、坂東玉三郎が繰り返し語ったのは、技術でも、流行でも、芸術論でもなく「人間」だった。
聞き手

篠﨑光正
演出家 電劇主宰 2008年日本演出者協会広報部長として協会誌「D」を創刊。第1回対談企画 坂東玉三郎✖戌井市郎対談が300万人の既読を記録

桒原秀一
劇作家・演出家 JAPLIN代表 現日本演出者協会広報部長。 十一代市川海老蔵(十三代市川團十郎 白猿)の付き人を務めた経験をきっかけに歌舞伎界との縁を得る
人間国宝という違和感
2008年に発刊された演出者協会協会誌『D』創刊号で行われた最初の対談は『戌井市郎×坂東玉三郎』だった。戌井市郎さんはこの対談を非常に喜ばれていたという。「またやりたい」そう語っていた矢先に体調を崩され、その願いは叶わなかった。今回の対談はその続きを辿るように始まった。

2012年に人間国宝(重要無形文化財保持者)になられました。何か心境の変化はございましたか?
「あまりないですね」
そして、少し笑みを浮かべながら玉三郎は続ける。
「こういうインタビューでも、人間国宝が喋っていると括られてしまうでしょう。それがとても苦しいですね」
そして、こう言葉を重ねた。
「1人の人間として見てもらいたい」
人間国宝という言葉への違和感はまだ続く。
「だから、人間国宝だけ特にクローズアップされちゃって。無形文化財保持者ってことです」
一般には「人間国宝」で知られているが、正式な名称は重要無形文化財保持者である。
「国宝っていうのは俗の名称ですね」
肩書や称号ではなく、1人の表現者の言葉として冒頭から一貫していた。
「いい演劇」は国境を越える


話題は海外公演へ。歌舞伎や伝統芸能は、現代演劇よりも海外へ届きやすい側面があるのではないか。そう尋ねると、玉三郎は迷うことなく答えた。
「それは、日本の特色があるからです」
更に、海外公演での実感について尋ねる。
「舞台芸術には、壁は全くありません。翻訳をしなければならない演劇は別ですけれども、特色のある自国のもので、いいものでしたら、説明は何もいらないと思います」
と、言い切る。更にこう続けた。
「もちろんね、演劇というものを観に行く習慣のない人が観たら、成り立ちを言わなければ分からないし。でも、マンハッタンの人たちは全く問題なかったし、パリもロンドンも全く問題なかったと思います」
近年SNSでは、現代演劇や歌舞伎に対して、分かりやすさを求める声がある。その事について尋ねると
「分かりやすさはものによっては必要ありません。でも、分かりやすさという事について、どこが分かりやすいのか?というのが問題ですね。意味が分かりやすいのか?それとも感覚が分かりやすいのか?」
一口に言っても、それは意味の理解なのか、感覚として伝わることなのか。玉三郎の言葉は、そこを曖昧にしたまま「分かりやすさ」だけを求める風潮に対する問いでもあった。
篠﨑光正氏が、今回のインタビューにあたり、実際に新橋演舞場で坂東玉三郎特別公演の舞台を観劇した事に触れ、演目の並びや琴の扱いについても、演出上の構成があるのではないかと尋ねる。

2026年 『坂東玉三郎 特別公演』
すると玉三郎は構成という言葉に強く反応した。
「そうですね…。構成です。お客様にはどのような演目をご覧いただいて、 二、三時間のうちで、どう納得していただけるかを考えているので…構成ですね」
そして、話は、玉三郎が考える「演劇の条件」へと進んでいく。
「僕は、一つの演劇の中で、四つの大きな要素があると思います」
四つとは何か。
「物語がきちんとしているかどうか。抽象的な物語もありますが、お客様が見て、人生の何を言ってるかがはっきりと受け取れるか…でもあります」
まず、物語。単に筋が分かるという意味ではない。
「それから、構成、個人芸、音楽性がある。音楽というのは、音楽が鳴っているかどうかは別として、台詞も含めて全てが音楽的であるかどうか。あるいは構成も音楽的であるかどうか」
玉三郎は、それを改めてこう整理した。
■ 玉三郎が語る「演劇の4要素」
- 物語
- 構成
- 音楽性
- 個人芸
「物語、構成、音楽、個人芸。これが揃えば、説明がなくても、どこの国でも通じると思いますね」
その具体例として能楽を挙げる。
「能楽には物語があるでしょ。登場するのは死者であることが多いけれど、何を語ろうとしているかは伝わる。構成がなければ、あれほど静かな芸能を長時間観続ける事は出来ません。そこには謡という音楽があり、そして演者の芸がある」
さらにオペラへと話は広がる。
「オペラも同じです。『魔笛』のような作品も抽象的だけれど、何を描いているのかはよく分かる。長い上演時間を支える構成があり、音楽があり、そして優れたソリストがいる。どれか一つが欠けても成立しないんです」
そして、玉三郎はバレエを挙げて
「バレエもそう。『白鳥の湖』には物語があり、音楽があり、構成がある。そして優れたダンサーの存在がある。そうして初めて舞台芸術として成立する。どれか一つでも欠けたら駄目なんですね」
そう語った後、玉三郎は最後に歌舞伎へ話を戻した。
「歌舞伎も、物語、構成、音楽性、個人芸。その四つによって成り立っています」
そして、少し考えるように言葉を続けた。
「ただ…今は、その中でも個人芸という部分が、以前に比べて弱くなっているように感じますね」

『壇浦兜軍記』阿古屋
「個人芸」が薄くなった理由
先ほど玉三郎は、「今は個人芸が一番薄くなっている」と語った。その理由について尋ねると、少し考えてからこう答えた。
「つまりは、こういう世界(スマホやAIのデジタル)になっちゃって、何でも分かりやすくなっちゃったでしょう」
そして、言葉を続ける。
「人間との関わり合いが少なくなった分、人間力が薄くなったのかもしれませんね」
玉三郎が問題にしているのは技術ではない。人間そのものだ。
「叶わないことが何もない。憧れがなくなる。夢がない。分からない事がなくて、探ることもない。何でもこれ(スマートフォン)に聞けば答えてくれる」
便利になった現代。
「つまりは、人間が浅く平たくなっているんです。それだったら、個人芸なんて磨けないでしょう。いくらバレエで回ったって、回るだけなら別にいいんですね」
少し間を置いて続けた。
「でも、誰が回っているかが大事でしょ」
その人が何を見て、何を感じ、どのように生きてきたのか。芸とは、人間そのものが立ち現れるものだろう。
歌舞伎の型は、自由になるためにある

『伽羅先代萩』政岡
歌舞伎には長い歴史の中で受け継がれてきた型がある。では、その型を守ることと、自分らしく表現することは矛盾しないのだろうか。そう尋ねると、玉三郎は少し考えながら答えた。
「型っていうのは、はめてみてどうかっていう所を、外したりしてみるものです」
玉三郎にとって型は絶対的なものではない。
「料理と同じで、型が絶対じゃなくて、はめてみて外してみて、自分が何かっていうことを考えていく」
さらに話は歌舞伎の歴史へ
「じゃあ、江戸時代に蝋燭を使って上演していた時は、今のような型だったのでしょうか?」
今ある型もまた、先人たちが試行錯誤を重ねながら築き上げてきたものだ。
「ただし、僕は型っていうのが大事だから言ってるんだけど、発音がデタラメだったら人に言葉が通じますか?だから通じるように、そういう型を練習していくという事なんです。後は、心と話し方は自由にする」
発音を身につける。言葉を覚える。それと同じように、まずは型を学ぶ。型とは、歌舞伎における型も含めて、人を縛るためにあるのではない。自由になるための土台なのである。
かつて玉三郎が演じた『伽羅先代萩』の政岡に衝撃を受けた事を伝え、その表現へ辿り着く過程を尋ねると、話は「型」の本質へと進んでいった。

『伽羅先代萩』政岡
「僕は封建社会で生きていないですけれどね」
そう前置きして、玉三郎は時代物の本質を語り始めた。
「時代物っていうのは、武家社会という事でもあるでしょう。武家社会っていうのは、本音と建前がしっかり分かれているのですね。笑顔で挨拶をしても敵同士かもしれない。仲良くしましょうと言いながら戦うかもしれない。つまり、顔と考えが別々な時があるのです。ここのギャップです。それをちゃんと分かっている人でなければ演じられないと思います」
それこそが、時代物の一つの定義だと言う。そして政岡という役の人物もまた、その世界を生きている。
「顔には出さないけど、何を持っているかってことがちゃんとあるんです。実の子がいて、とても大事だと思っているんだけれど、若君も守らなければならない。母親としての愛情と家臣としての忠義。どちらも真実であって、どちらも捨てられない。その葛藤を抱えながら表には出さない。そういう事を思えられない役者では、なかなか出来ないと思います」
この言葉を聞きながら、先ほどの「発音」の話を思い出していた。型は身につけられる。技術も磨ける。しかし、その奥にある人間の葛藤や矛盾を理解できなければ、政岡には辿り着けない。玉三郎は最後に静かに言った。
「つまり、内容ですね」
魂が先にある

『鷺娘』鷺の精
玉三郎の演技がどのような研究やメソッドによって生まれているのかを尋ねた。すると、意外な答えが返ってきた。
「もしかしたら演技は後からで、気持ちが先にあったのでしょう」
そして胸元を指しながら続ける。
「それを戯曲と芝居の中に入れ込んだだけかも知れない。ここ(魂)がない人たちがやっても意味ないと思う。ここ(魂)がなくちゃ無理ですね。人間の心というか、思いですね」
しかし、それは決して感情さえあればいいという話ではない。
「ここがあれば、型がどうでもいいわけじゃないですよね」
先ほどの話へ戻る。どれほど思いがあっても、相手に伝わらなければ意味がない。
「思いがあれば伝わるわけじゃなくて、発音がなきゃ伝わらないもの。きちんとメソッドなり型なりで、相手に分かるような整地をしなくてはならない
そして玉三郎は、それを一言でこう表現した。
「これが修行です」
思いが先にある。技術はその後にある。その両方を結びつける作業こそが、芸の道。そして、玉三郎の舞台を観た時に、その美しさに圧倒される一方で、どこか怖さも感じたことを伝えた。すると玉三郎は少し笑った。
「つまり、うつろっていくんでしょ?」
美しいと思った瞬間に、人はその美しさが失われることも同時に感じる。
「その揺れ動きが生きている証拠だと思います」
さらに重ねる。
「これで大丈夫と思ったら、つまらなくないですか?」
その言葉は演技にも、そのまま当てはまる。
「定番はないの。これでいいというものはない。でも、世界はない物をあると思ってしまったから、人の歪みが出来てしまっているんだとは思います」
演出について尋ねても、答えは同じだった。
「当然です。それは人の会話と同じで、演じる側も、作る側も、毎回その瞬間に向き合う。どんなに美しいものを作るかを…」
型の事ではない
「双方にどれだけ心が動くものを作っていくかという同意があって、作っていく。強引にああしようとか、こうしようという事ではないですね」
続けてこう語った。
「聞きたいことはいくらでも答えられるけれど、定義は無いの。人生に定義がないように。芸術にも定義はない。ただ、その時々の答えがあるだけ。今日のこの時点ではここ。明日は変わります」
しかし経験や修行は決して無駄ではない。
「経験とか、いろんなものによって、そのポイントがきちっとまとまる。それが、キャリアであり、勉強であり、修行ですよね。ゴルフと同じように、ちゃんと穴に入るかどうかって事です。だって、素人じゃ入らないでしょ?」
魂のある表現とは



話題は、人間とテクノロジーへ移った。AIが急速に普及し、創作の現場にも入り始めている。そんな時代をどう見ているのだろうか。
「パソコンとかスマホを使うか、使われるか。これをちゃんと考えなきゃなりません。使っている人間はハートを伝えることができるでしょう。使われてしまっている人間はハートがなくなってるんですね」
AIや機械そのものを否定しているのではない。問題は、人間が主体なのかどうかだ。
「機械にはね、心も魂もないの。あると思っちゃいけないんです。どんなに優れていても、魂はない。そこをちゃんと理解しなければならないってことですね」
では、人間力はどのように育つのか。そう尋ねると、答えは驚くほどシンプルだった。
「人間と会うこと。それから、実のものを見ること。それ以外はないですね。擬似的体験では、人間は育たない。育ったように思うけども、非常に形の変わった変なものになります」
話はさらに、近年増えている漫画やアニメ原作の舞台作品へ及んだ。
「あまり、好きではありません。ただ、火の鳥もそうだと言われたらそうなんですけれど」
しかし、その理由はジャンルそのものではない。
「大事な事は、ハートがあるかどうかで、記憶に残るかどうかという事だと思います」
そして、続ける。
「本当に美しく作れたら好きですね」
問題は、題材ではなくどこまで練り上げていたか…だと言う。
「例えばミュージカル『レ・ミゼラブル』はヴィクトル・ユゴーの描いた物を完璧に立体化したかどうかは別としても、もしかしたら原作から離れている部分があったとしても、一つの舞台作品として徹底的に磨き上げて、観客の心を動かして、音楽的にも感動させる所まで練り上げられているんです」
そこに玉三郎は価値を見ている。話は、近年の舞台表現にも及んだ。玉三郎は、作品やジャンルそのものを問題にしているのではないという。むしろ気になっているのは、表現の出発点だ。
「役者が台詞を言うでしょう。声を作っているのね。最初何やってるのかな?と思った」
確かに近年の舞台演劇でキャラクターを演じる際にそのような傾向が多く見られる。しかし、玉三郎が感じているのは、もっと純粋なものだ。自らの胸に手を当てて。
「ここから出てこないの。外側から人物をなぞる。もしくは、役柄を再現する事が出来たとしても、その人物が何を感じ、何を抱えているのかを、自分の中で生きないと、滅多に感動できない。つまり、絵にはめていってるんだなと感じました。ただ、それでは役者とは言えない」
その言葉の奥には、もっと人間を見てほしいという願いがある。役者とは、役を真似る人ではない。人間を生きる人なのだ。しかしながら、そうした表現が広がることで、観客の側もまた「演じる」ということを誤解してしまう危険性があるのではないかと尋ねた。玉三郎は少し考えながら答える。
「そうね。でもそれはね、ファッションとしてどんどん移り変わっていく」
歌舞伎の世界でもそう感じられることがあるか尋ねた。
「ただ、歌舞伎というものはね、そうやって生きてきたんですからね」
歌舞伎の祖とされる出雲阿国もまた、既存のものを変化させ、新しい表現を生み出した。
「阿国は念仏踊りをしたでしょ。念仏を作った人が見たらとんでもないと思いますよ。でも、そうやって生きてきたんですね。それの一環としては良いと思いますし、私はやりませんけれど、よかったら観に行きたいです」
そう言って笑った。
足元から世界へ

昆劇『牡丹亭』杜麗娘
国内や海外に向けて、これからどのように伝統芸能や舞台芸術の魅力を伝えていくのか。
そう尋ねると、玉三郎は意外な言葉を口にした。
「壊滅的ではないでしょうか。未来はないと思います」
伝統芸能だけではない。現代演劇も、多くの芸術が大きな転換点を迎えているという。
「枠組みがなくなっちゃったでしょ。発光ダイオードで、みんなの魂が向こうへ行っちゃったからね」
スマートフォンやデジタル機器に囲まれた生活。
便利になった一方で、人間が直接何かに触れたり、感じたりする機会は確かに減った。今の二十代~四十代は演劇活動の難しさを感じていることを伝えると、玉三郎は頷いた。
「やりにくいですし、肌で感じにくいですよね」
では、この状況を変えるためには何が必要なのだろうか。玉三郎の答えは明快だった。
「いいものを作ること。それしかない」
話は、歌舞伎と現代演劇の融合や、新しい表現の可能性へ移っていった。
玉三郎は安易なコラボレーションに対して慎重な姿勢を見せる。
しかし、それは新しい試みを否定しているわけではなかった。
その例として語られたのが、中国・蘇州の崑劇院での経験だった。因みに崑劇は、中国を代表する古典演劇の一つであり、その歴史は六百年以上に及ぶ。
「崑劇院には、今にも伝わる素敵な音楽もあって、ある時に日本の楽曲…唯是震一(ゆいぜしんいち)さんの楽曲を崑劇院の演奏家たちに奏でていただいたんです。すると、不思議なことが起きて、同じ曲なのにシルクロードの風が吹くんですよ」
日本で演奏されるときとは明らかに違う。
「イスラムの味がするんです。どうしてだろうと思ったら、崑劇そのものが持つ長い歴史へと行き着いた。蘇州は古くから文化と経済の中心地であって大きな都市なんです。そこで彼らはシルクロードを通じて運ばれてきた、珍しい楽器や音楽を積極的に取り入れたんですね。自分のものにしたってことですね」
異国から来た文化を咀嚼し、改良し、自らの文化の中に組み込んでいった。だからこそ、何百年経った今でも、その音の中には遠い異国の記憶が生きている。玉三郎はそこに、芸術の本質を見る。
「これがコラボレューションなんです。コラボレーションっていうのは、本当はそういうことなんだと思います。自分のものにするってことですね。自分の言語になりうるって所までやらない限りは美しくないし、面白くないと思います」
そのためには、時間が必要になる。
「つまり、咀嚼しなければなりません。その文化はさらに別の土地へ流れていきます。中国から海をわたって日本へ。日本に来ると少し淡白なものになるでしょう。そこまでやらなければ、質のいいものは伝えられません。でも、そこがこれから絶えていくわけですから……ただね、それでも形を変えながらどこかに流れていくのでしょう…。そして、どこかで花が咲いていくんでしょうね…。そういう意味で、芸術というのは脈絡なんです」
文化は突然生まれるものではない。どこかから流れ着き、誰かが受け止め、また別の誰かへ手渡していく。宗教も同じだという。インドで生まれた仏教が中国を経て日本へ伝わったように。
「芸術もまた、見えない遺伝子のようなものを受け継ぎながら生き続けていると思います」
グローバル化が進み、世界との距離は以前より近くなったはずだ。しかしその一方で、世界と日本、自分と世界との距離感を実感として持てる人は、むしろ少なくなっているようにも感じる。先人たちが築いてきた文化や芸術を、次の時代へ繋げていくために何が必要なのだろうか。
「とにかく丁寧に、いいものを作ること」
そして続ける。
「日本で見事だと言われれば国際的なのです。それなら全然問題ありません」
海外を意識する必要はないという。むしろ、その発想そのものに違和感を覚えると語った。
「まず海外に向かって作ろうってことが間違っていて、視線がずれています。大切なのは、まず目の前の人の心を動かせるかどうか。自分の身近な人たちに感動してもらわない限り、海外の人になんか分かってもらえません」
玉三郎が語る国際性とは、海外仕様に作ることではない。足元を見つめ、自分たちの文化や言葉を深く掘り下げることだった。
「だから警鐘を鳴らすならば、足元をちゃんと観る。という事でしょうか」
そして玉三郎は、現代社会についても言及した。
「今、一番気になるのは、人が人生を必死に考えなくなった時代だということです。コンビニへ行けば食べ物があるし、情報も簡単に手に入るし、生きるための環境は、かつてより格段に整っていると思います。それは決して悪いことではありません。しかし、その便利さの中で、人間が切実に何かを求めたり、悩んだりする機会も少なくなっているのではないでしょうか」
更に問いかける
「そうすると、本当に困っている人を感動させる物が作れない。深いものは、深く生きた人間からしか生まれないと思います」
もちろん苦労を礼賛しているわけではない。ただ、人間が何かに迷い、葛藤し、考え続ける時間が、芸術の土壌になることは確かだ。
僕はものを作って抗います


話は観客の未来へ移った。玉三郎は、以前から「本物を求める人は一割いる」と語っている。 その考えは今も変わらないという。
「僕は10%だと思っているんです」
年齢は関係ない。経験の有無も関係ない。
「9割は発光ダイオードーの中に流れてしまう。ただ、若い人であろうが、知らない人であろうが、本当のものを好む人は必ずいます。問題は、その本当のものを好む人たちに向けて何を作れるか…その10%に向かって何を作れるかっていう時代になるんじゃないでしょうか」
玉三郎の言葉は、ときに厳しい。
「今は、あらゆる意味で分断しています。だからこそ、例えば地方の人が都市と繋がりたいと思ったら、強く思えばいいんです。強く思わずに、その場所でなんとなく生きるのだったらそれも良いのでしょう。逆も然りですね、都市の人も、地方の人と強く繋がろうと思わなかったら、それも良いと思うんです。それですべてが済むんですね。誰かが無理に繋げようとしたって、それは無理です。さっき言ったように、足元を見ていいものを作りたいのです」
五年後、十年後。玉三郎の未来は何を見据えているのか。私たちは何を信じて進めばいいのか。そんな問いに対して、玉三郎は意外な答えを返した。
「自分はその時にはこの世には居ないと思いますね」
冗談のようにも聞こえる。しかし、その表情は真剣だった。
「死とずっと一緒にいるわけだからね、世の中には『これなら大丈夫』ってことはないよ。みんな安心したいでしょ?」
それでも私は食い下がり、芸術家たちが前を向ける言葉を求めた。すると玉三郎は少し考え、静かに答えた。
「では、お伝えしておきます。ちゃんとしたものを見なさい。そして、人間と会いなさい」
この二つだった。
「それができなかったら、頑張ることもできないでしょう。あれを言っちゃいけない。これをしちゃいけない。どんどん希薄になってしまいますね」
そんな時代は淋しいです。
「もっと希薄になるでしょう。無責任な言葉がどんどん飛び交って、その言葉をいいとしているんですから」
机の上に置いていた録音用のスマートフォンを見て苦笑した。
「花火も桜も全部スマホの中でしょ?見てないのと同じですね」
そう言って、自らの胸を指した。
「ここ(魂)に入れなさい。ここ(スマホ)に入れて見えると思う?見えませんよね」
情報は残るが、体験は残らない。だから人は、人と会わなければならない。話はさらに食へと広がった。
「美味しいものを食べてください。それは、値段が高いか安いかではなくて、誰かが作ったものを味わうこと、その過程を知ること、人間の手を感じること。それもまた、人間を育てる営みですね」
話は修行へ戻る。玉三郎は、昔から変わらないと言った。

『鷺娘』鷺の精
「こだわりが強いだけなんです。自分が納得できる水準に届くまで、簡単には手を離せない。周囲から「もうやめなさい」と言われて一度は離れても、気がつけばまたそこへ戻ってしまう。完成するまで…と言いますか、完成はないけど、自分が『これだ』と思うところまでは、ずっとやってしまいます」
完成はない。満足もない。それでも続ける。
「こだわりというより、執着ですかね」
しかし芸術とは、その執着によって支えられている。玉三郎の創作姿勢そのものが印象的であり、一つのことを積み重ね、その先にあるものを探し続ける姿勢である。
「次の世代に伝えたい事はもう言いましたよ。全部」
更に玉三郎が言葉を重ねた。
「でもね、こういうものを読んでも、心にとまらないんですよね。それも分かってるの、僕は」
情報は流れていく。読み物として消費されていく。
「だから、人間と会って喋る。今日はあなたが来てくれたから、あなたに喋ってる」
そこで私は、ずっと気になっていたことを尋ねた。玉三郎にとって「人」とは何なのか?
「素晴らしいものです。相手にすべきものであり、魂と心があるものであり、その魂と心が肉体になって思考になり、技術になる…。魂と向きあう必要はあるけれど、その魂は人と会うことでしか磨かれないから…そのために人と会うんです」
そういう心のあり方が、表現を通してダイレクトに観客に伝わるという。
「流れずに、本当のことと向き合うことですね。魂がどこにあるのか、何に心を深く動かすのかは自分で見つけるしかない。すぐに見つけられない人もいるでしょう。でも、人と会い、経験を重ねる中で見つけて行けるのです。そのために人と会うんです」
玉三郎の言葉を聞きながら、ずっと考えていた。
「人と会うこと」その言葉が、この数時間で何度も繰り返された。
歌舞伎の話も。海外公演の話も。AIの話も。結局は、その言葉へ戻っていく。しかし、その一方で私たちは、かつてないほど情報に囲まれた時代を生きている。
人と繋がる手段は増えた。
けれど、本当に人と向き合う機会は増えただろうか。率直にSNSを含めて現代社会そのものが病気みたいに感じると伝えた。すると玉三郎は頷いた。
「病ですね」
短い言葉だった。
けれど、この日の中で最も重い一言のようにも聞こえた。
人と会うこと、魂と向き合うこと、本物を見ること、丁寧に作ること
インタビューは最初から最後までずっと同じことを語っていた。
振り返れば、この数時間の対話で語られたテーマは、ずっと同じだった。
歌舞伎の話も、海外公演の話も、AIの話も、若い俳優への言葉も、すべては「人間とは何か」という問いへ戻っていく。
それは俳優も、演出家も、作家も、観客も。
そして、今を生きる私たち一人ひとりもまた、何に心を動かされるのかを問い続けなければならない。
インタビューの最後、私が「こんな社会に抗いたくなりますね」と言うと、玉三郎は静かに笑った。
「僕は、ものを作って抗います」
その言葉こそ、このインタビュー全体を象徴する一言だったように思う。
「だから、最初から言ってるでしょ?発光ダイオードだけに入らないことね」

インタビューを終えて
久しぶりにお会いした坂東玉三郎さんは、変わらぬ優しさで迎えてくださった。
十数年前、私が成田屋の付き人をしていた頃に初めてお目にかかった当時のことが懐かしく思い起こされ、時を経た今だからこそ伺うことのできた数々の問いに、玉三郎さんは真摯に、そして誠実にお答えくださった。私にとっても、非常に大切で忘れがたいインタビューとなった。
この機会を与えてくださった広報部の先輩方をはじめ、本特集の実現にご尽力くださったすべての皆様に、改めて深く感謝申し上げたい。そして何より、貴重なお話をお聞かせくださった坂東玉三郎さんに、心からの敬意と感謝を捧げたい。(文責:桒原秀一)
坂東玉三郎さんに久し振りにお会いした今回のインタビューを終えて、創刊号の戌井市郎さんとの対談が昨日のように蘇った。当時対談の予行演習を熱望した戌井さんと広報部員が、写真のように喫茶店で模擬対談をして本番を迎えた坂東玉三郎✖戌井市郎対談は、演出というテーマに迫りながら、対談者の個性が光り輝く興味深い対談、というよりも、対決だった。今回はインタビュー形式だが、やはり今回もなぜか終わってみれば対決だった。
この対決が何故印象として残るのか。生身の人間と人間が相対する、この向き合いを大切にするのが玉三郎さんだからだと気づいた。人に会いなさいと何度も言われた。
清々しいひとときであった。(文責:篠﨑光正)



