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『地域で活躍する演出家シリーズ』neco

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演出家、劇団三毛猫座主宰。京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻漆工修了。大学在学中に演出活動を開始。以降、演劇、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス等、様々なジャンルの舞台作品の製作、演出を行う。2015年に劇団三毛猫座を立ち上げ、全作品を演出。現在は京都を拠点に、劇団内外で演出・演出助手の活動を行う他、学校での美術・芸術教育にも携わる。2024年より京都舞台芸術協会理事、2026年より同協会理事長。

京都市立芸術大学 キャリアデザインセンター 芸術支援アドバイザー(美術)/京都芸術大学非常勤講師/洛星ノートルダム女学院中学校グローバル総合コース演劇指導員

京都を拠点に、演劇をはじめとした舞台芸術・美術に関わる活動をしています。主宰する劇団で舞台作品を制作したり、詩を書いたり、芸術祭に参加させていただいたりしながら、劇団外ではオペラを演出したり、演出助手をしていたり、学生とワークショップをしたりと、主に舞台や教育の場にいます。

私は大学に入学して、ミュージカルサークル(京都市立芸術大学GMG)に入るところから舞台に関わる活動をスタートさせました。京都に数多くある学生演劇団体とは少し毛色が違うため、京都学生演劇祭の盛り上がりなどを横目に見ながら、せっせとミュージカルを作っていた学生時代でした。

演劇を始めたのは大学院に入ってからでした。よくある、サークルを引退した後、舞台で活動を続けたかったメンバーで劇団を立ち上げたところからです。ミュージカルから演劇にフィールドを移したのは何てことなく、ミュージカルをやるには人もお金もたくさん必要だから。学生ミュージカルをやっていた頃は生オケ演奏で出演者・スタッフ合わせて約60人という大所帯で活動していたため、限られた人数・資金でミュージカルをやる方法を当時は思いつきませんでした。自分が立ち上げた規模の団体で、演劇だったらできるだろう、という安易な考えから小さなギャラリーで公演をしたのが始まりです。最初は右も左も分からないまま、“小劇場”という言葉も知らずに演劇の世界に飛び込んで、今もその時立ち上げた劇団三毛猫座を中心に、舞台と関わることを続けています。

その他に、ご縁あって2017年頃から美術や舞台芸術のアーカイブに携わる機会が続いています。これまでに、大学の研究機関や劇場、劇団などで、作品資料やクリエイション記録のアーカイブプロジェクトに参加してきました。ここでは、微力ながら舞台のアーカイブに関わってきて考えていることを書かせていただこうと思います。

関わってきたプロジェクトで毎回課題となるのは、作品の全てを残すことの難しさです。舞台芸術は、空間、光、音、テキスト、映像、時間、人間の動きなど、その作品を構成する要素が非常に多い媒体です。それを真に体験・理解しようと思うと、実際に現場で鑑賞するしかない、というのが、舞台芸術に携わる人々の本音であり、事実であることは間違いありません。代替する体験が無いからこそ、現代においては非常に非効率的なメディアでありながら、遥か昔から脈々と受け継がれてきました。

それが2020年からのコロナ禍を境に、舞台芸術の記録に関する意識は大きく変わりました。劇場への入場人数が限られることなどから、ライブ配信・記録配信を目的に撮影される機会が増え、結果として多くの作品の記録が残ることに繋がりました。これらの動きは、映像のデジタル化・機材の小型化により手軽に収録・編集できるようになったこと、配信媒体が多様化し以前に比べて容易にウェブ上で配信できるようになったことなど、技術的な進歩のタイミングも重なってのことだと思います。もちろん、2020年以前から舞台作品の映像配信・販売は行われていたことですが、作品を記録することに対しての意欲はコロナ禍以前に比べて格段に上がったことは間違いないでしょう。EPADによる作品収集が広く行われたことも、アーカイブすることへ意識的になるきっかけだったと感じています。こういった、アーカイブの大きな変化を体感できたことは、自分にとって重要な出来事でした。

近年は、私が理事長を務める京都舞台芸術協会にて、会報のアーカイブに取り組んでいます。京都舞台芸術協会は、京都を中心に地域の舞台芸術家同志の交流や人材育成事業、創作環境の整備を主な目的として活動を行う団体です。(https://kyoto-pa.org)

会報アーカイブ事業は、過去に発行された京都舞台芸術協会の会報の収集とデジタライズ、公開を目指す事業です。このアーカイブが、私がこれまで取り組んできたプロジェクトと大きく違うことは、作品単位ではなく作品の創造環境に関わる業界の記録であることです。

会報は、主に協会員に向けて、協会の活動や事業を周知するために継続して発行されてきたものですが、第一号から振り返って読むと、協会及び業界の時代ごとの動きが見える貴重な資料として機能します。私自身も、協会の立ち上げ経緯や、京都市内にある施設・劇場・団体の沿革や関係性についてなど、この会報で初めて知ったことも多くありました。

現在、協会には会報の一部が欠けた状態で引き継がれており、2010年代のメールマガジン配信時代のテキストはサーバー移行などに伴って内容が失われた状態です。昨年までに現状ある会報はデジタライズが完了し、今後は欠けている会報・メールの収集を行なっていく予定です。最終的には一般に公開し、広く資料を共有することを目指したいと考えています。

アーカイブとは一般に、資料・記録を保存活用し、未来に長く伝達していくことを言います。そう言うと、ただの資料保管のように読み取れますが、私はこれが時代ごとに生まれる“熱”の継承だと考えています。

記録が残らないことは、過去の人たちが懸けてきた“熱”が消えるということです。長い時間が経過すると、“熱”が冷め、継続されていることも惰性となります。それでは、せっかく先人達が残してきたものが形骸化してしまう。舞台芸術業界で、今の私たちがなぜ当たり前に活動できて、作品を作れるのか、記録を通してその土壌を作った人たちの“熱”を残したいと私は考えています。

舞台芸術において映像で残る記録は、非常に限られます。音響・照明・映像に関わることだと、図面は劇場や団体に残ることも多いですが、実際に劇場で仕込んだ様子やオペレーションの記録が残ることはほぼありません。稽古場での制作プロセスは意識的に記録・公開されない限りはその場限りで消えていってしまいます。また、劇団や劇場を横断するような業界全体の動きや出来事は、会報のような資料がない限り、表立って記録が残りません。特に地方の舞台芸術に関わる出来事は、個人や小規模団体に記録が依存することが多く、記録継承が難しくあります。

それでも私は記録が困難なもの・ことを残すことを諦めたくないと思いますし、舞台芸術のアーカイブにおいて何ができるのか、興味関心が尽きません。コロナ禍で機運が高まった、記録を残すということは何なのか、まだまだ問い続ける必要があると思います。私が関わっているのは、拠点としている京都の、それも舞台芸術業界でもごく一部のことですが、そのごく一部でも後世に残していくことが、未来の大きな創造の一助になると信じています。