INTERVIEW
特別対談『スコット・ウィリアムズ×眞鍋卓嗣』演技(アクティング)コーチ×演出
演劇の現場は、今、静かに変わりつつあります。
これまで俳優への演技指導は演出家の役割とされてきましたが、
近年、”アクティングコーチ”という新たな専門職が注目を集めています。
演技のプロセスに深く関わり、俳優一人ひとりの可能性を引き出すアクティングコーチ。その存在が広く認識されつつある今、演出家とアクティングコーチの役割の違い、そして協働のかたちとは、いったいどのようなものなのでしょうか?
今回は、イギリスの演劇界で長年アクティングコーチとして活躍するスコット・ウィリアムズ氏と、日本の第一線で活躍する演出家・眞鍋卓嗣氏を迎え、演技指導の最前線を語り合っていただきます。
現場でのリアルな体験を通して、両者の視点から「演技とは何か」「演出家の仕事とは何か」に迫ります。 演劇に携わるすべての人に、新しい気づきと問いを届けるこの対談、どうぞご期待ください!

■スコット・ウィリアムズ
米国・サンフランシスコ出身。演出家ウィリアム・ボール率いるアメリカン・コンサバトリーシアターで演技を学んだのち、ネイバーフッド・プレイハウスでサンフォード・マイズナーからマイズナー・テクニックを学ぶ。ヒルバーンシアターでは芸術監督として幾つもの作品を手がける。1996年に拠点をロンドンに移しインパルスカンパニーを設立。イギリス以外にもオーストラリア、香港、NY、パリ、イスタンブール、東京などで定期的に教える。
https://www.impulsecompany.org

■眞鍋卓嗣
劇団俳優座文藝演出部所属。劇団内外にてジャンルに捉われず意欲的に作品を発表し続けている。
紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞優秀演出家賞、『閻魔の王宮』で第11回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞を受賞。
近年の主な演出作:劇団俳優座『野がも』(ヘンリック・イプセン)、劇団昴『広い世界のほとりに』(サイモン・スティーヴンス)、オペラシアターこんにゃく座『遠野物語』(長田育恵)、パルコプロデュース音楽劇『海王星』(寺山修司)、梅田芸術術劇場ブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ 』(トム・アイン)、名取事務所『509号室 迷宮の設計者』(キム・ミンジョン)など。
(括弧内は作者名)
【通訳】久保田恵
英国を拠点に俳優、また演劇や映像関係の通訳/翻訳家として活躍している。
ロンドンの演劇学校を卒業後、スコット•ウィリアムズ氏からマイズナーテクニックを学び、25年以上彼のワークに携わっている。俳優としては映画、舞台、テレビ、声優など様々な分野で活躍。通訳/翻訳家としてはパルコ劇場、新国立劇場、劇作家協会、野田地図などのプロジェクトに関わっている。
【オブザーバー】西村壮悟
俳優・演技指導者
新国立劇場演劇研修所第2期修了。
舞台を中心に活躍。2017年に文化庁新進芸術家海外研修制度でロンドンに留学。インパルス・カンパニーのスコット・ウィリアムズ氏から学んだマイズナーテクニックをベースに、俳優指導を開始する。自身が演技指導者として活動する他にも海外の優れた指導者を招聘し、日本の俳優や俳優指導者に向けたワークショップを開催。エイベックスアカデミー、THEATER LAB TOKYO、日本芸術高等学園、渡辺高等学院で講師を務める。
【進行】五戸真理枝・桒原秀一
【オブザーバー】緑川憲仁・平松香帆
目次
1、アクティングコーチとは何か
2、インティマシー・コーディネーターの登場
3、演出と指導の切り分け
4、“演出家としての訓練は、褒め方を覚えること。”
5、演出家に必要な技術とは・・・?
6、レジデントディレクターの役割
7、見守る指導、届ける拍手
8、学び続ける演出家
9、あとがき

―本日はお忙しい中、演出家のスコット・ウィリアムズさん、そして眞鍋卓嗣さんにご参加いただきました。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
―アクティングコーチとは何か
眞鍋
さっそくですが、アクティングコーチというのは、いつ頃から成立した職業でしょうか?また、演出家との違いは何でしょうか?
スコット
アクティングコーチという役割は、はっきりと定義されているわけではありませんが、比較的最近生まれたもので、演出家とは別の立場から、俳優をサポートする“もう一層の存在”として必要とされてきたのだと思います。ただ、前提として理解しておきたいのは、「もし俳優がアクティングコーチを必要としているとしたら、それは演出家が本来果たすべき役割を十分に果たしていない」という点です。
実際、監督(演出家)とアクティングコーチが同じ現場に入って、うまくいったという話はあまり聞きません。なぜなら、俳優と監督(演出家)の関係はとても繊細で、特別なものだからです。
私自身もこれまでに何度か、アクティングコーチとして撮影現場に入ったことがありますが、そのたびに監督と俳優の関係性を壊さないよう、非常に気を遣いました。だからこそ、実はあまり積極的にそういった現場に関わることはしていません。
眞鍋
なるほど。
そもそもアクティングコーチという背景には俳優や現場を守る意味があると
いうことですね。
アクティングコーチのように、演出家とは違う立場で俳優をサポートする仕事には、ほかにもどんなものがあるのでしょうか?


―インティマシー・コーディネーターの登場
スコット
ここ最近、撮影現場に“インティマシー・コーディネーター”という指導者を連れてくるという習慣はできてきていますね。この仕事は日本にもありますか?
眞鍋
映画とかテレビではありますよね。
西村
性的なシーンなどに必要とされる役割ですね。
スコット
現在、ロンドンではインティマシー・コーディネーターの必要性について議論が行われています。
インティマシー・コーディネーターとは、身体的に近い接触を伴うシーンにおいて、俳優の安全を確保し、それぞれの俳優が心理的にも安心できるよう配慮する役割を担う専門職です。
私は、現場に関わるすべての人の安全を守るために、この役割は非常に重要だと考えています。
ただ、アクティングコーチと同様に、もし私自身が演出家や監督としてきちんと責任を果たしていれば、コーディネーターが実際に介入する場面はほとんどなくなるはずです。
西村
イギリスでは舞台でもインティマシー・コーディネーターは当たり前になってきていますか?
スコット
そうですね。インティマシー・コーディネーターは、今ではどんどん増えてきており、ほとんどの舞台作品でも、関わるのが当たり前になりつつあります。
しかし、インティマシー・コーディネーターと舞台の関りについては少し問題があります。
ある俳優の方と話していたときのことですが、その方は、インティマシー・コーディネーターがついている舞台に出演していました。彼の役は、相手役の女性とキスをするシーンがあるものでした。
ある日、インティマシー・コーディネーターがその俳優と相手の方に、「もし長い公演の中で、どちらかが『今日はキスをしたくない』と感じた場合は、無理にキスをしなくても大丈夫ですよ」と伝えたそうです。ただ、彼が言うには、そのキスのシーンは物語の中でもとても大事な場面で、なくしてしまうと作品全体に影響が出てしまうほどだったそうです。そのため、そこから先彼自身がそのシーンに素直に入り込むのが難しくなってしまった、と。
たとえば「ロミオとジュリエット」で、どちらかが「キスしたくない」と言って実際にキスをしなかったら、その作品はどうなるのか?という問いかけですね。
このエピソードから私が感じたのは、今、業界全体が「新しい時代にどう適応していくか」を模索している、ということです。俳優の安全を守ると同時に、作品が求める表現もしっかりと守っていく。そのバランスをどう取るかを、現場ごとに考え続けているのだと思います。映画の撮影であれば、そうしたシーンは一度きりで済みますが、舞台の場合は週に何回も繰り返す必要がありますから、より慎重に扱う必要があるのです。

眞鍋
ありがとうございます。
先ほど演出とアクティングコーチが併存する現場は難しいと仰いましたが、スコットさんは演出の立場の際、指導も並行して行われるのでしょうか?
―演出と指導の切り分け
スコット
とても良い質問だと思います。実は、僕には自分なりの考え方があって、「演出をしているときは演技指導をしない」と決めています。逆に、「演技指導をしているときは演出をしない」ことも大切にしています。というのも、演出家の仕事というのは、俳優に演技を教えることではないと思っているからです。
演出の役割は、俳優がもともと持っている力を、できるだけ良い形で引き出すことだと考えています。だからこそ、僕は演出と指導をしっかり分けて、それぞれ別の役割として向き合うようにしているんです。
眞鍋
なるほど。とても素晴らしいお考えだと思います。他に演出をされる際に気を付けていらっしゃることはありますか?
―“演出家としての訓練は、褒め方を覚えること。”
スコット
これは、映画監督として有名なデヴィッド・リーン氏がおっしゃっていた言葉なのですが、彼は「自分の仕事は『漁師のようなもので、魚をくすぐってあげるようなもの』だ」と表現していました。私もまさに、演出家の仕事というのはそういうものだと思っています。
つまり演出家には、俳優一人ひとりに合った言葉の伝え方やアプローチの仕方を理解しておくことが求められるのです。
たとえば、なるべく何も言わず、俳優自身に自由に演じてもらったほうがうまくいく方もいます。
一方で、こちらから「こうしてほしい」と具体的に指示を出したほうがよい演技につながる俳優もいます。ですので、演出家の役割は、俳優一人ひとりが何を必要としているかをきちんと見極め、それに応じたサポートをすることだと考えています。
私には、ウィリアム・ボールという素晴らしい指導者がいましたが、彼が私に教えてくれた大切なことのひとつに、こんな言葉があります。「演出家の仕事、あるいは演出家としての訓練とは、“褒め方を学ぶこと”です。」私は若い頃、「褒めすぎると、自分の言葉の価値が薄れてしまうのではないか」と思っていた時期がありました。そのため、褒めることは時々にとどめるようにしていたのです。
しかし、そうしているうちに、自分が間違っていたことに気がつきました。
良いところを見つけてそこをしっかり褒めてあげると、本人が気にしていたり、自分でも納得していなかった部分が、なぜか自然と消えていくんですね。

眞鍋
非常に興味深いお話です。
スコット
俳優というのは、極端なほど恐怖感を感じる仕事なんです。何に自分が飛び込んでいるかわからないところに飛び込む、それが俳優の仕事なので。ですから、他の人たちができるだけサポートしてあげないといけないと思うんです。
―演出家に必要な技術とは・・・?
五戸
私も質問をしてもいいでしょうか?
アクティングコーチに求められる技術と、演出家に求められる技術には、何か違いがあるのでしょうか?
スコット
とても素晴らしいご質問ですね。
稽古場における課題の一つに、演出家と俳優のあいだにコミュニケーションのギャップが生じやすいという点があると思います。というのも、演出家は「結果」を求める傾向がありますが、一方で俳優は「過程」を大切にするものだからです。
つまり、その違いを理解したうえで、俳優が過程に集中できる環境を整えることができれば、自然と良い結果が生まれてくると私は考えています。そのようなアプローチをとることで、俳優は自分なりに作品を解釈し、より深い表現を引き出すことが可能になります。
ただし、舞台の演出家には俳優出身の方も多いため、その経験がかえって悪い方向に作用してしまうこともあります。
つまり、「自分だったらこう演じる」という視点で俳優に伝えてしまう場合があるのです。
しかし、そうではなくて、「俳優自身が自分の中から何かを生み出せるような環境を整えること」が本来の演出家の役割であり、そうしたサポートができる人こそが理想的な演出家だと私は思っています。
とはいえ、それを実現するのは非常に難しい仕事でもあります。
五戸
よくわかりました。目指すべきところが・・・ありがとうございます。
スコット
僕は演出家が使えるツールで1番いいと思うのは「・・・だったらどうだろう」っていうフレーズをよく使うことだと思います。「今日はどんなことが起こるだろう」とか、「今日の稽古では何が発見できるんだろう」とか、そういう環境や機会を与えると俳優たちは生き生きとしてくるんですね。

『欲望という名の電車』
作: テネシー・ウィリアムズ/演出:スコット・ウィリアムズ

2024年劇団俳優座『野がも』 撮影:坂内太
―レジデントディレクターの役割
眞鍋
話をお伺いしていると、アクティングコーチは新しく、まだどの現場にでもいるような役職ではないように感じたのですが、以前からあって、より一般的な似たような役職は存在していたのでしょうか?
スコット
イギリスの演劇界には、「レジデントディレクター」という役職があります。
直訳すると「常駐の演出家」という意味で、アクティングコーチよりもずっと一般的な役割です。
レジデントディレクターの主な役割は、演出家による稽古が終わったあと、作品がロングランに入った際に、その演出の質や生き生きとした雰囲気を維持することです。ただし、この仕事はあまり評価されにくい側面もあります。なぜなら、レジデントディレクターは、稽古最終日の状態を忠実に保ち続けなければならないからです。つまり「そのままの形で凍らせる」必要があるのですが、同時に「新鮮さ」も保たなければならないという、とても難しいバランスを求められるのです。
たとえば、料理で言えば、冷凍食品と作りたての料理はまったく違いますよね。
演劇でも同じで、毎回新鮮に見せることはとても大変なのです。
しかし、私が教えている演技のアプローチでは、「演技とは、自分の内側から自然に湧き上がってくるもの」だと考えています。ある日、ロングラン中の女優さんがレッスンに来て、公演の中で周囲の出来事を丁寧に観察し、それを演技に取り入れてみたところ、何ヶ月も気づかなかった新しい発見があったと話してくれました。つまり、彼女自身が舞台の中で起こる問題に気づき、自分なりに工夫して乗り越えたのです。そうした努力こそが、俳優一人ひとりにとっての大きなチャレンジなのだと思います。
眞鍋
俳優座も旅公演がありますが、長期にわたって新鮮さを保つことが課題となります。そのヒントになるとても良いお話をしていただきました。ありがとうございます。
―見守る指導、届ける拍手
桒原
スコットさんの指導の最終的に目指すところはどういうものでしょうか?
また、イギリスでは、俳優が演技の悩みを相談するために、スコットさんのような指導者のもとを自由に訪ねることは一般的なのでしょうか?
スコット
映画『クレイマー、クレイマー』に、印象的なシーンがあります。
ダスティン・ホフマン演じる父親が、6歳の息子に自転車の乗り方を教える場面です。
その中で、父親は自転車が倒れないようにそっと支えながら走らせ、ある瞬間に手を離します。そして、息子が一人でちゃんと乗れているのを見て、「うまく乗れてるよ!」と拍手するんです。
その拍手は、「もう自分の力でできているんだよ」ということを、子どもに伝えているわけです。
実は、それが私の仕事でもあると思っています。
演技指導者として、最初は俳優を支えながら導き、やがて自分の力で演じられるようになったとき、そっと手を離し、「君はもうできているよ」と拍手を送る。
そして、その拍手が届くように伝えること。それが、私の役割なのだと思っています。


桒原
ありがとうございます。
五戸
演出についても勉強になりますね。

眞鍋
演出家もスコットさんの元へ学びに来られるんですか?
スコット
きます。「何かを学ばなければいけない」と考えて、自ら訪ねてきてくれる演出家に教えることは、私にとって本当に光栄なことです。というのも、「演出家がすべてを知っているわけではない」と自ら認めることは、非常に勇気がいるし、簡単なことではないからです。
たとえば、若手演出家のネッド・ベネットもその一人です。
彼が私のクラスに参加したとき、まるで頭の中が爆発したような衝撃を受けたと話してくれました。
それでも、彼は勇気を持って来る決断をし、どんなことが起こるかを恐れずに、心を開いて学ぼうとしてくれた。その「心を開いて学ぶ姿勢」こそが、彼の大きな強みだと思います。だからこそ、彼は優れた演出家なのです。
五戸
眞鍋さんもロシアに訪ねに行かれたんですよね?
眞鍋
はい。僕はモスクワ芸術座にいらした先生を訪ねて行きました。
スコット
素晴らしいですね。
眞鍋
だから知りたいという気持ちはとてもよくわかります。今回も非常に勉強になりました。ありがとうございます。
スコット
こちらこそです。
―スコットさんから眞鍋さんへの質問
スコット
これまで私がお話ししてきた内容と重なる部分はありますでしょうか?
それとも、演出というお仕事に対して、また異なるアプローチをなさっているのでしょうか?
眞鍋
いえ、スコットさんがおっしゃっていることは、私にとっても非常に理想的だと感じています。
ただ、私の場合は劇団の中で活動していることもあり、演出の現場でも若い⽅々を指導しなければという意識が強くなってしまいがちです。また、それにより俳優に必要以上の緊張を与えてしまっているのではないかと感じることもあります。まだまだ未熟な点も多いのですが、少しでもスコットさんが示してくださったような理想の形に近づいていけたらと願っています。

スコット
それを成功させる力は眞鍋さんにはあると思います。
眞鍋
ありがとうございます。どのお話も、自分に思い当たることばかりで、とても共感しました。これからそれらをどう考え、どう向き合っていけばいいのか、考えるきっかけをいただけたように思います。
スコット
眞鍋さんは、私にとても素晴らしい贈り物をくださいました。強い好奇心と、何よりも心を開いて話を聞いてくださる姿勢…。そのおかげで、眞鍋さんがきっと素晴らしい演出家なのだろうということが伝わってきました。本当にいろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

あとがき

五戸
この座談会は「アクティングコーチって本当に必要?」という問いから始まりましたが、演出がうまくいっていればアクティングコーチはいらないというのが衝撃的なことでしたね。日本はアクティングコーチが少ないから遅れてるんじゃないか、もっと学ばなくちゃいけないんじゃないかっていうのもあったんですけど、ちょっと違う答えが返ってきたみたいな。
眞鍋
そうですね。レジデントディレクターというものがあることも驚きましたし、アクティングコーチに対しても先入観がちょっとありすぎたという。
西村
僕もレジデントディレクターというのは初めて知りました。あとはやはりアクティングコーチとアクティングティーチャーの定義が混同されがちだなとも感じました。例えば舞台でも映画でも俳優が役作りのために必要な準備をするために個人的にパーソナルのレッスンを受けに行ったりするのはおそらく、スコットのいうところのアクティングコーチじゃないかなと思います。それは多分日本でもあるのかなという感じがします。
眞鍋
そうですね。やってらっしゃる方いますよね。
桒原
具体的な話として、日本の演出の現場においてスコットさんのようなやり方を目指すときに何か違いあるように感じますか?
眞鍋
日本の現場だと俳優のバックグラウンドがバラバラなので共通の訓練を受けてないケースが多いです。もしかしたら演出家のコーチ的な負担は、日本の方が大きいかも知れません。
桒原
そうなんですよね。だからおっしゃる通りスコットさんの土台と日本の事情っていうところを天秤にした時にどこまでリアルとして落とし込められるのかという問題がありますよね。その判断ってすごく難しいと感じます。
西村
確かにプロデュース公演だったら共通言語がないとやっぱり辛いと思うんですよね。前提の勉強をしているかどうかで大きく左右すると思いますし。

緑川
僕が思ったのは、僕らがこうやって学びを積み重ねていくのと同様に、俳優も“演出家は教えてくれる存在”という概念は古い考えであるということを知る機会が必要だなと。西村さんの「共通言語」という考え方も、まさにそれに通じるのだと思います。
五戸
お互いですよね。
桒原
現場によって“創作の仲間として俳優が⾃然に関わってくる現場”と“その関係を築くまでに時間がかかる現場に分かれている気がしますよね。この企画は、そうした違いにどう向き合うかを考えるきっかけになったと思います。⽂化やシステムの違いを理解しながら、現場に合わせて少しずつ歩み寄ることが、⽇本でのリアルな⼀歩なのかもしれません。本日は皆様、本当にありがとうございました。


